個人事業主から株式会社を設立した理由 編 ボワボワのブルースvol2

営業から現場労働、土下座まで行う超生産性のある中間管理職・・・
職人達の仕事の振り分け、顧客対応、請求、支払いを行うスーパーマルチタスク事務員・・・
そう、その全てを血ヘド吐きながら遂行しているのは、BOWABOWA修復株式会社 代表取締役「私」である。

夢はあった・・ただそれは経営者では無い。

vol1で述べた通り、私は会社の経営などこれっぽっちもやりたくなかった。
と言うのも「職人」として生きていこうと25歳の頃には完全に決めていたからだ。
話はそれるが・・・

私はこの「補修」「リペア」と言われる「職業」、そこで行われる「作業」に対し、並々ならぬ才能があると自負していた。
そもそも個人事業主になった理由も日本で一番デカい補修会社の全国補修大会でその会社のアルバイト時代にチャンピオンになったからだ(関係者からこの話は「ウザイ、もう充分だ」との事・・・やめておこう)。この話は機会があれば語るとしよう・・・。

とにかく、バリバリの職人時代は「補修」を貪欲に研究し練習し投資し、元請けから率先して誰もが嫌がる仕事を受注していた。
誰が直せるの?と言う仕事はもちろん、超クレイマー案件にも自ら望んで受注していたのは記憶にあたらしい。
今思い起こせば少し異常で異様であったとも思える…ただ、自分で言うのもなんだが、「補修屋としてのチューニング」がほぼほぼあっていたのだろう。

(※補修屋さんで自分の事をそう思う人は多いだろう・・・きっとそのような職疾なのだと感じる)

世界一の補修屋とは

そんな異常性をはらむ私の当時の夢は、「世界一の補修屋」であり、男の誰もが憧れるマイケルジョーダン、ヒクソングレイシー、落合博満のような・・・そう、私は

「補修の神様」

になる事が夢であった。

TV番組  ‘情熱大陸’ や ‘プロジェクトX’ などでピックアップされ、私が「直せない」と言えばそれは「絶対直らない」と世界が納得する…そのような存在に私はなりたかったのである。
ご察しのとおり、当時私は、自信満々で、そのような事に興味が無い補修屋たちからすると非常に面倒くさい存在だったろうし、興味のある補修屋からしても相当面倒であったろう・・我ながら承認欲求クソまみれだったのでその時代にSNSがさかんであれば、間違いなく吐きそうなインスタ、吐きそうなツイッター、吐きそうなブログ をしていただろう・・・。
(注:現在弊社のSNS全般に対して吐きそうだと思う連中も少なからずいる事は承知済みである)

ただ、「補修の神様」になりたいと言う夢は、私「個人」で生きていくために、補修屋と言う職業で「職人」として死ぬまで安定した収入を得るために、また、この「補修業」という職業がいつまでも続かないだろうと言う一抹の不安を払拭するために私にとっては欠かせない「夢」であったのに間違いない。

これを読んでいるあなたも似たような不安を感じたことはないだろうか?

私はそんな外の世界に羽ばたく「夢」をもちながら、大手補修会社の専属外注であるという、ある意味矛盾した状況の中、法人成りしろと言う元請けからの無茶苦茶なお達し(vol1参照)を受け、幸か不幸か会社経営に乗り出した・・・
vol.1で述べたように「単価を下げたくない。1日¥1000の金をとりっぱぐれたくない」と言ったスケールの小さい理由(汗)も法人なりしたきっかけの一つだが、実はある事件がもう一つの理由にもなっていた。
そう、それは職人としての「意地」と「プライド」をかけた「怒りの飲み二ケーション」である。

つづく

 

 

 

     

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